アクト・オブ・キリング

ドキュメンタリー

1965年、時の大統領スカルノの親衛隊の一部がクーデター未遂を起こし、後に大統領となるスハルトが鎮圧した9月30日事件。黒幕は共産党とされ、共産党を容認していたスカルノは失脚。全国で右派勢力による「共産党員狩り」と称する共産党員・華僑らへの大虐殺が行われた。

犠牲者数100万とも200万とも言われるこの大虐殺の主要な実行部隊はパンチャシラと呼ばれるギャングまがいの民兵組織であった。

その後スハルトによる独裁体制が確立し40年の歳月が流れた現在。
当時虐殺に携わった彼らは現在も「国家的英雄」として幅をきかせており、罪を追求されること無く国民からの支持を集めていた。

今作は大量虐殺の張本人であったグループのリーダーであるアンワル・コンゴと彼の周辺人物に密着し、当時の詳細を聞き出すのみならず、彼らに「過去の行為を映画化しよう」と提案、彼等自身が当時の再現映画を作成する様を淡々と追っていくという、ある意味かなり奇怪なドキュメンタリー作品である。

善も悪も相対的なものであり、時代の変遷により立ち位置や視座が変わればあっさり覆る。アンワル達は国内においては現在も「共産主義の魔の手から国家を救った救国の英雄」であり、彼等自身も己の行った所行を「正義」だと信じて疑いの欠片も持ち合わせてはいない。共産主義者達に行った拷問や処刑方法を率先して解説し、実際に再現映画で喜々として演ずる彼等の表情には一点の後悔も浮かぶことはない。

サイコパスによる殺人などの場合、いわば先天的に「壊れた」存在による所行であるという意識が我々側にあるため、嫌悪感こそあれそれほどの恐怖感/異様さを感じることは少ない。何故なら我々は彼らの精神状態を理解できないから。

今作の恐ろしいところは、大量虐殺に関わった人々が別段精神疾患を抱えているわけでも特別凶暴なわけでもない(ギャングとはいえ)ごく普通の「国家を憂う民衆」であったという事実だろう。

「大義」は時に人間を盲目にする。歴々の戦争の数々や十字軍に宗教裁判、残虐刑の歴史を紐解くまでもなく「正義」という概念は人間の最も残虐な部分を露見させる。

しかしながら、本作の本質的なメッセージはそこではない。

後半、アンワル達の再現映画の撮影が進み、彼等がかつて行った酸鼻を極める残虐行為がエキストラとして起用した自分の身近な人間や自分自身に対して行われるとき、かれらの「正義」の拠り所、即ち「国家の敵を粛清」したという英雄妄想はアッサリと消滅し、ひたすらに気が滅入るような残虐性のみが浮き彫りになっていく。

様々な意見があるかもしれないが、自分としてはやはり「殺す」という行為に関しては、法律云々の見地ではない、本質的な(プリミティブな)「罪」の意識が人間にはデフォルトで備わっていると思っている。「罪の意識」というよりは、「耐えられる残虐性」へのリミッターが備わっていると言い換えてもいいだろう。戦争や宗教対立において、人はそういったリミッターを「論理」で覆って虐殺者へと変貌していく。しかしながら絶対的に盲信していた「大義」という鎧が剥がれ落ちたとき、殺人者は己の行った行為の「残虐さ」とダイレクトに向き合うことになる。

映画の終盤、自らが犯した殺人の現場に戻り初めて被害者の心情を想像して激しい嘔吐感に苛まれるアンワル。それは映画撮影での行為の再現を通じて、これまで自分を正当化し守ってきた「正義」というフィルタが剥がれ落ちた結果、自らが過去「何をやったか」という圧倒的なリアルに触れて精神が悲鳴を上げたということに他ならない。

どのような大義名分があれ、生きてきた年月分の記憶や想いを背負った個人の歴史を強制的に終了させる権限など誰にもありはしないという「常識」は(仮にも)平和な国に生きているからこそ言える甘っちょろいキレイゴトに過ぎず、極限状況にある地域や時代にあっては殺すか殺されるかのサバイバルな生き方を選択せざるを得ない、という意見があるのも理解は出来る。しかしながら最終的にアンワルを打ちのめす「救いようのない、深い闇のような絶望」を見るにつけ、それを理想主義の世迷い言と一蹴する気にはどうしてもなれない。

本来人間は「同族を殺す」ことや「残虐行為」に対する本質的な嫌悪感を持ち合わせている(と、思いたい)。しかしながら政治的立場や危機的状況、恨みや集団的な怒りといったフィルターはそれらを曇らせ、対象を「同族」というカテゴリーから外し、やがて巨大な狂気の渦となって人を残虐行為へと駆り立てる。

アンワル・コンゴは特殊な例ではない。

自分もまた怒りや恨み、妬みによってついつい彼と同じ様な精神状況に結構なってしまいがちであるという自戒を込めつつ、「人をカテゴライズし・差別し・殺す」ところに「義」など存在しないという事実を噛みしめたいと思う今日この頃ではある。

アクト・オブ・キリング / The Act of Killing
公開:2012年
制作:イギリス・デンマーク・ノルウェー
監督:ジョシュア・オッペンハイマー
出演: アンワル・コンゴ / ヘルマン・コト / アディ・ズルカドリ 他

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