スーパー!

アクション
【あらすじ】

ダイナーの調理師として働く生真面目だけが取り柄の男・フランク。 彼には美しい妻・サラがいたが、気が弱く何をするにも煮え切らないフランクとの生活に幻滅したサラはついにフランクに三行半を突きつけ、刺激を求めるあまり地元を仕切っているドラッグ売買の元締め・ジョックの元に走ってしまう。茫然自失となったフランクだったが、たまたま見かけたTVのヒーロー「ホーリー・アベンジャー」に聖なる啓示を授けられ(妄想)「正義」に開眼。手製のコスチュームを身にまとい「クリムゾン・ボルト」を名乗ったフランクは、夜な夜な町を巡回しては配管用レンチで犯罪者たちを血の海に沈めていくのだった。

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というわけで初見時からいきなり自分の「好きな映画ランキング」上位に食い込んだ「SUPER!」です。やー、いい映画ですわー。

ヒーローに憧れる男が手作りの衣装を着て街の犯罪者たちを懲らしめていく、という点でよく「キックアス」と比較されてますが、キックアスが「ヒーローに憧れる少年が本物のヒーローになっていく”ファンタジー”だった」のに対し、こちらはファンタジー要素もカタルシスもゼロ。 独善的な「正義」を盲信し、己の基準における「悪」に対し容赦ない暴力を行使する「ヒーロー」という存在が内包する狂気をひたすらリアルに(しかも悪意たっぷりに)描いていく手法は、ちょっと「タクシードライバー」あたりを思い出しました。対外的に見たらヒーローなんて狂人以外の何者でもないわな。

途中からクリムゾン・ボルトの相棒となる少女「ボルティー」に至っては、フランクの抱える「良心」や「理性」は存在しておらず(あと「正義への狂信」も)「悪に対しては暴力を振るってもいいし、殺しちゃったっていい。何故なら自分は”正義の味方”なのだから」という論理のもとに容赦の無い暴力を嬉々として振るう姿は完全に”イッちゃってる人”そのもので、製作者側のヒーロー感というか「正義」に対する冷めた視線が如実に伝わってくる非常に良いキャラだった気がします。結局のところ彼女にとって「スーパーヒーロー」という肩書は元々持ち合わせていた暴力衝動と特権的立場にあるというプライドを満足させるための方便でしかなかったわけで、物語終盤において、これまで散々暴力を振るっていた「悪」側から盛大にしっぺ返しを食らうあたりも「リアル世界でヒーロー行為の名のもとに好き勝手やった」以上は、まあ当然の結果なのだろうなと思ったり。

確信犯的に使用されるやたら勇ましいサウンドやいかにもマーベル的な効果音(吹き出し)のポップさで煙に巻かれ、ついつい「映画的ハッピーエンド」を期待しそうになるものの、この作品は決してファンタジーに着地することはなく、登場人物達がどれだけ非日常・非常識的な行動を起こしたとしても結局のところ全員がどこまでも冷徹かつ不可逆的な「現実世界」に回収されるしかないという悲しさは、アメリカがヒーローという虚像を通して描き続けてきた「正義」の拠り所のなさを浮き彫りにする製作者サイドからの痛烈な皮肉であったと言えるのかもしれません。

今作同様ヒーローの欺瞞を描き出す「ウォッチメン」しかり、「キック・アス」のビッグダディしかり、みんながみんな呑気に同じ方向の「正義」を盲信してられない状況になってきてるのだろうな、きっと。

とまあ、色々語っては来たものの、結局のところ今作における(自分的な)一番の見所はやはりビジュアル面の素晴らしさ、ことにボルティーことエレン・ペイジの合法ロリっぷり愛らしさなわけでして、いやもう、あれだ。かーわーえーえーのー(おじいちゃん目線)。インセプションとか大作に出演した後でツラっとこーいう作品に出演してくれるノリの良さも好感が持てます。

あとクリムゾン・ボルトの手作り感満点なダサカッコ良さ(レンチもお揃いの赤!)とか、フランクに啓示を与えた(と勝手に思い込んでいる)TVヒーロー「ホーリー・アベンジャー」の絶妙な気持ち悪さとか、フランクが「正義に目覚める」宗教的開眼のシーンのほとんどヤク中の幻覚みたいなドラッギー加減とか見所多数。

ちなみに監督のジェームズ・ガンは「ドーン・オブ・ザ・デッド」の脚本書いてた人とのことで、当然グロ描写も相当にキツく、うっかりエンタメだと思って見た人は結構トラウマ負うレベルなので、グロとかゴアとか苦手な人はダメ絶対。家族で見てたらヤバかったな。


スーパー! / SUPER
公開:2011年
制作:アメリカ
監督:ジェームズ・ガン
出演: レイン・ウィルソン
エレン・ペイジ
リヴ・タイラー
ケヴィン・ベーコン 他


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