神に選ばれし無敵の男

ドラマ

ハヌッセンという人物に関しては以前19世紀~20世紀末あたりまでのオカルト系文献を読み漁ってた時期にフト目に付いて以来、妙に気にはなってたんだけど、今回映画を見てその存在の面白さを再認識したという次第。一介の奇術師が国家の要人達との交流を深めていく過程において徐々に権威と名声を勝ち取っていき、ついには政府内に「オカルト省」なるものを樹立する直前まで登り詰めてしまうという、いわば「荒唐無稽なヨタ話」みたいな出来事が実際に起こった「現実」であるというのはかなり興味深いです。ヘンなマンガ読むより100万倍面白い。

まあこういった「あからさまに胡散臭い人物」が熱狂的に受け入れられてしまうというのもこの時代特有の空気かもしれませんね。押し寄せる近代化・合理化の波を受け入れつつも、もう一方では遥かな昔から脈々と民族に受け継がれてきた「オカルティックな価値体系」を渇望してしまうという、近代と非近代の境界線上において微妙な精神バランスで成立している時代。20世紀に入ってオカルト系結社がやたら台頭してくるのもこういう風潮を受けてのことなのだろうし、またこの「オカルトと近代の接合点」のような絶妙なポイントを掴み、派手な演出で自己プロモーションを行って大成功を収めたのがナチスだったわけだ。

ともあれ当時のナチス及びナチを支持していた民衆がオカルト的なもの(=理解出来ない「力」)をどのように捉え、どのように自らの「価値基準=道理」として転換せしめようとしていたのかを知る1つの指標のような存在としてハヌッセンは歴史に位置するのではないかな、とか思ったりなんかして映画の目指すところとは全く別次元で1人妄想に耽ってしまうのでありました。いやん不健康w

で、映画自体はどうだったのかというと、えー、その、何というか、…地味? ただ全編を通し徹底して安易なドラマ性を回避し、黙々とアンチ・クライマックスな演出を貫く姿勢にはニュー・ジャーマンシネマの生き残りとしてのヘルツォークの男気を感じました。例え女子と仲良くはなっても恋愛には至らない。宗教的な義務感に目覚めるも誰1人救わない。戦争を予感させる空気を描いていても決して「反戦」を唱うことはないし「我々はこのような悲劇を繰り返してはならない」などといった使い古された言説でお茶を濁すこともない。

映画はひたすら主人公の体験する出来事を丁寧に描き出しそれに従って「ユダヤ人がユダヤ人であること」の本質、人の根元に根ざした宗教の在り方を、ユダヤ民族を描いた映画によくある様な「民族の悲劇」的な物言い、もしくは「後に到来する熱狂的シオニズムとそれに対する批判」みたいな語り口とはまた全然別の視点で淡々と追っていきます。現実を描き、それに対して賛否をどうのこうのするのではなく、ただひたすらに「描写すること」で何かを引き出そうとするこのフラットな視線は、最近10年間ドキュメンタリー映画ばかり撮っていたという現在のヘルツォークだからこそ到達出来たものなのかもしれないな、と思ったり。まあ、ベルリンとポーランドが舞台にも関わらず登場人物が全員英語喋ってるのはちょっとどうなのよ、とは思いましたが。相変わらず欧米人は字幕読むの嫌いなのね。

とか何とか延々書いておきながら、結局この映画で自分が一番感銘を受けたというか関心を抱いた部分って、冒頭に書いた「ハヌッセンと時代の絡み」みたいな部分だったり時代を読む資料価値的部分だったり、主人公の異様なまでのマッチョっぷりだったりと、いわば「キャラ物」として面白がっているだけの側面が大きいとも思うんで、その実この映画でヘルツォークが成そうとしたことは、あんまり、というか殆ど理解出来てない気もするんですけどね。どうも年を取るとヘビーな作品を見るだけの根性というか気概が無くなってきてイケマセンな。

ちなみにこの映画でハヌッセンを演じたティム・ロスは、知的でクールで優雅でありつつも、どこか胡散臭いという自分の中におけるハヌッセン像をかなり体現していて非常にイイ感じでした。



神に選ばれし無敵の男 / Invincible
公開:2006年
制作:ドイツ/イギリス
監督:ヴェルナー・ヘルツォーク
出演: ティム・ロス
ヨウコ・アホラ
アンナ・ゴウラリ
ウド・キア 他


神に選ばれし無敵の男

神に選ばれし無敵の男
価格:3,693円(税込、送料込)

画像をクリックすると楽天の商品にジャンプします

コメント

タイトルとURLをコピーしました